池田昌博
池田昌博
Amazon紹介文
この社会はどのようにして、現在のようなかたちになったのか?
敗戦、ヤミ市、復興、高度成長、「一億総中流」、バブル景気、日本経済の再編成、アンダークラスの出現……
「格差」から見えてくる戦後日本のすがたとは――
根拠なき格差論議に終止符を打った名著『「格差」の戦後史』を、10年の時を経て、新データも加えながら大幅に増補改訂。
日本社会を論じるならこの一冊から。
著者 橋本 健二
1959年生まれ。早稲田大学人間科学学術院教授(社会学)。データを駆使して日本社会の階級構造を浮き彫りにする。『はじまりの戦後日本』『新・日本の階級社会』『アンダークラス』など。
本書の紹介
著者は私より少し若い早稲田大学の教授。戦後社会構造の変遷を格差と階級というキーワードで様々な時代の風俗や文化の変化も織り込みながら「SSM調査データ」という社会調査の結果を多くの文化、芸術作品も交えながら世相を語る手法に学術的ではないとの批判も一部の書評にあるが、私は同時代人として興味深く感じた。
先ずは戦後の華族制度の廃止から、新たな階級転換、高度成長、ホワイトカラーとブルーカラーの姿、20世紀末からの階級の固定化とアンダークラスと称する貧困層の増大について、実に上手く分析していると感じた。
私事になるが、私が大学(某国立)に入学したのは1974年、オイルショックが終わろうとしていた時代であるが、その当時は全国各地から多様な方が在学していた。学生運動は終わり平和な時代でもあった。本書は、親から子の世代への階級転換を分析しているが、その当時の学生は、新旧の中間層、地方の農家の出身者が大半であったと記憶している。だた、労働者層は少なかった。
既にクルマ社会ではあったが、クルマを利用する学生も極僅かであり、特別の富裕層も見られなかった。ただ、一部の良家の子女が通うと言われた私学では、既に学生のクルマ利用が大学近辺の不法駐車問題も起こしていた。
当時の授業料は月3000円、私鉄の初乗りが60円程度の時代だが、現在に比べても割安感があり、アルバイトの稼ぎは、下宿生は生活費の一部、自宅通学者の多くはもっぱら遊興(旅行費用等)に充てるというのが普通の生活スタイルであった。ただ、下宿生の多くは木賃アパートに居住したが、本書にもあるように現在よりは機会平等であった。ただし、あくまでも私の周辺の学生の姿だけかもしれない点はご容赦願いたい。
卒業後、大半の学生はホワイトカラー、新中間層に所属することになる。まさに、大卒というブランドを入手すれば、どのような階級出身でも新中間層の仲間入りができたということだ。
今、大学入試には特殊な試験対策が求められ費用が発生する。このため親の所得が学歴に影響すると言われているが、この時代はまだ、家庭事情で受験に専念できない環境にない限り、その必要はあまりなかったのではないか。ただ、一部に一流の家庭教師の力を借りるものもいたらしい。時代は違うが、家庭教師の力で医学部に入学したと豪語する女性医師タレントもいるし、与野党を問わず政治家の子弟に超一流の家庭教師がついたこともよく耳にする。
さて、本書ではホワイトカラーとブルーカラーについて論じているが、戦後、その格差が縮小したことが述べられている。これは私の会社員生活でも感じたことである。ブルーカラーにもマニュアル職でない経営管理職登用もあるし、福利厚生などは平等であった。これは、会社組織が一体感を持つ必要があったことに起因している。このホワイトとブルーの隙間は大企業ほど小さくなったのではないかと感じている。ただし、役員となると少し事情は異なっている。役員の特権化は近年著しい。
学歴による区分も大卒者の増大もあり公正であるかとの論議もあるが、資格試験が導入され大卒が必ず昇進するという制度も崩壊してきている。ただ、某巨大自動車メーカーは社員の親睦組織、厚生施設も区別していると聞いたことあるが、大半の大企業では正規社員であれば、現場か本社勤務であるかは別としてもそれなりの賃金が保証される場合が多かったのではないか。
アンダークラスの比率は子供の貧困率と一致している。特に離死別した女性非正規層の貧困化は目を覆う。コロナ禍で感じたのは、貧困を排除した社会を再構築しないと社会を維持できないということである。貧困を自己責任としたり、存在そのものを否定するようでは、危機に直面した際に社会の安定性が失われ崩壊するということである。かつての保守派はその認識があったのではないか。
最後に、阪神大震災では死亡率が、生活保護世帯が一般世帯の5倍であったという。これは住環境によるものだが、私の出身大学の後輩も多く無くなっている。木造家屋の下敷きとなり焼け死んだ者もいる。一方、豊かな学生は鉄筋のワンルームマンションで禍を逃れている。命も金次第であってはならない。
前世紀末から一億総中流という言葉を使いながら様々な規制緩和が行われ、貧困が広がり格差が拡大してきているが、コロナ禍を克服した新たな社会のあり方を考える一冊であると思う。
池田昌博