2007/7
財団法人 統計研究会 理事長
宮 川 公 男
われわれは、しばしば予想もしなかったような事がらが起こってびっくりする。 それが驚き、すなわち英語でサプライズ(surprise)である。 21世紀に入っての最大のサプライズは、何と言っても2001年9月11日の テロリスト航空機突入によるニューヨーク世界貿易センター(WTC)ビル南北2棟の崩壊であったといえよう(学際19号を参照)。
そのような途方もなく大きいサプライズはともかく、 21世紀はさまざまなサプライズに満ちた世紀になるのではないだろうか。
例えば『地球白書』(1984年創刊)の創始者として著名なアメリカの アースポリシー研究所長レスター・ブラウン(Lester Brown、前ワールドウォッチ研究所長)は、 とうもろこしから生産されるガソリン代替燃料エタノールの近年のブームについて、 地球全体でみると、自動車に乗る豊かな8億人と、 極めて貧しい生活をする20億人が同じ穀物を巡って争っているとし、 ガソリンスタンドとスーパーマーケットとの争いであるといっている。 また、1トンの穀物を作るには1000トンの水が必要であることから、 未来の戦争は石油よりも、穀物を通じての水の奪い合いから起こる可能性が高い とも述べている (詳細は、ブラウン『プランB2.0』(2006)、邦訳・出版ワールドウォッチジャパン、2006を参照)。
工業化資本主義と科学技術を梃子にして、人類の物質的豊かさを歴史上最も急速に 向上させた20世紀に比べて、21世紀の社会は国内的にもまたグローバルにもはるかに 多様な要因が複雑に相互連関を持った社会になり、したがってわれわれの予想を超えるような 事がらが頻発する社会になるのではないか。
以上のような問題意識から、さまざまな問題領域について、 それぞれの領域の専門家の方々にお願いして、もしかしたらこんなことが起こるのではないか、 そして起こると考えられる根拠を提示して頂き、それをシナリオのかたちにまとめて アンケート調査を試みることにした。 回答者には、各設問について、ほとんど意外とは考えられないようなシナリオO (いわゆるサプライズ・フリー・シナリオ)、 多少とも意外性のあるシナリオAおよびB (いわゆるサプライズ・シナリオ、Oを挟んでAとBは正反対のシナリオ)を提示し、 そのいずれかを選択して頂くというかたちにした。
アンケートは大別して2部に分かれており、第1部は各問題分野にわたって、 専門家の方々のご指導の下に作成された上述のような代替的シナリオについて、 それぞれに付された短いコメントを参照のうえ回答して頂いたもの、 第2部はプロジェクト・メンバーが作成した設問に対して単純にyesまたはnoで 答えて頂いたものである。第1部が主要な部分であり、第2部はアンケートの分量 が大部になるのを避けるために、設問を簡略化したものである。
その結果は、質問票が20ページを超える大部のものになってしまい、回答率が危ぶまれたが、 結果的には発送1800通に対して3分の1の600に近い回答があり、 企画者も驚く高い回答率(約33%)となった。 回答をお願いしたのは(財)統計研究会の個人会員をはじめとして、 いろいろなルートで選ばれた各界の有識者の方々である。 高い回答率とともに、自由記入欄に感想やコメントの記入が非常に多かったことは、 本アンケートが回答者の方々の強い関心を惹くものであったためであろうと、 企画者は大きな喜びを感じている。
将来シナリオの目標年を2019年としたことには次のような理由がある。 一つには、余りに近すぎる年次では人々の想像力をかきたてるのに有効でないであろうし、 逆に余り遠い将来ではその時までに人々の記憶から失せてしまう調査になって しまい意味がないということから、10年ばかり先を選んだのである。 10年前の創立50周年の折りには「2025年の世界と日本」ということでアンケート調査を 試みたが、今回の回答者の中にもそれを記憶されている方が何人もおられた。 今回の調査では、年輩の回答者の中に2019年まで生き延びて結果を見たいと 自由記入欄に書かれていた人が何人もあったことが印象深い。
2019年としたもう一つの理由は、アンケートへの回答お願いの中に記したように、 20世紀において末尾に9のつく年に多くの大きな出来事が起こっていること (例えば1929年の世界大不況、49年の中国共産党政府の成立、89年のベルリンの壁崩壊など) によるもので、ほぼ2020年頃を想定しているものである。
本アンケートで提示した設問とシナリオに関しては、好意的ではあるが厳しい コメントも数多く頂いた。 その中で多かったのは、(1)他に採りあげられるべき重要な問題が脱落している、 (2)どのシナリオに同意するかは答えられるにしても、同意する根拠は設問中に記述され ているものとは異なる、という二つであった。
(1)に関しては、脱落しているとの指摘が多かったものとして、 文化、芸術、思想、宗教など人間の精神面に関わる問題、日本とアジアの関係、 特に靖国神社問題をめぐる日中、日韓関係の問題、米国と中南米の関係の問題、 アフリカに関する問題、国連に関わる問題、持続可能な発展に関わる問題などがあった。 他に本アンケート企画者側でも、インターネット社会、都市集中化と過疎化など、 シナリオ設定に協力して頂ける人が得られなかったものも含め、もっと本格的に採りあげる べきものがあったと反省している点も多い。
しかしながら、回答率低下の心配から設問の数はできるだけ少なくしなければならないということもある。 そこで考えたのがシナリオ設問をもっと簡単なyes/noでの回答を求める設問 で補足することであった。それでも脱落している問題が多くあったことは、 やむを得ないこととはいえ、残念なことでもあった。
(2)に関しては、設問作成者には、特にサプライズ・シナリオAおよびBについて それが起こると考えられる根拠について短いコメントを必ず付して頂くことにしたわけ であるが、2〜3行という厳しい条件をつけたので、当然多くありうる根拠について 十分に書くことは不可能であった。これは質問票の分量を考えればやむを得ないことでもあった。 そこで当然、どのシナリオを選択するかは回答できるけれども、 選択の根拠は設問に記されたものとは異なるというコメントをつけて 回答された方がかなり多かった。これは回答者の見識レベルの高さを示しているもので、 企画者として大変有難く思っている。
アンケート第1部のシナリオ部分についてはそれぞれ専門家の方々に報告書 (東洋経済新報社刊行予定)でコメントを頂くことになっている。 ここでは第2部の設問を考えた側の筆者として感じたことを二つだけ記しておく。
筆者個人にとって予想外だったのは、yes/noの問No.15の 「100円ショップは中国の賃金高騰などで姿を消している」に対して、 yesの回答が圧倒的に多いかなと予想していたところ、noが約3分の2あったことである。 筆者は最近数年ぶりに上海を訪問し、その変わりように驚いたが、 上海市北部の復旦大学の少し北、五角場という盛り場(20年ばかり前に復旦大学での 講義で滞在したときにはまだ露天商中心の市場であった)に新しくできた 近代的ショッピング・モールで「10元ショップ」(10元は約150円)があった。 並べられていた商品の多くが日本製となっていたのは意外であり、 また少し疑問にも思ったが、日本の「100円ショップ」でも200円、300円の 品が並べられるようになっているのを見ても、3分の2のnoは意外に思った次第である。
また、同じくyes/noの問11「高速道路の無料化(平成62年)に向け償還が着実に進んでいる」 に対しては80%を超える人々がnoと答えているが、 これは筆者も著書『高速道路何が問題か』(岩波書店、2004) でnoの結論を出しているので、当然とも思えた。 しかし、民営会社には道路資産を保有させないということで設立された 独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構による償還支援に国費(ガソリン税)を投入するという、 明らかに民営化の趣旨に反し国民をあざむくような措置を民営化後2年も経たないうちに 国土交通省や財務省が考え始めたと報道されていることを考えると、 「着実に」という言葉の持つプラスのイメージは別にして、 回答はyesでなければ当たらないような気もする。
集計結果を見て筆者がこのような感想を抱いたように、回答者の方々はそれぞれ自らの知識や 体験からさまざまに異なる感想を持ち、さらには意見を提示できるであろう。 今日のようにさまざまな要因が多様、複雑かつ動態的に相互連関している社会においては、 ある事がらが起こるかどうかを予測することはそのような相互連関を どのように認識するかに依存している。それぞれの因果連鎖に関連する 多数の要因をどのように選別し、重みづけ、かつ関連の強さや方向をどう評価するか によって導かれる結論は異なる。ローマクラブの有名な報告書『成長の限界』で 用いられたモデル分析の方法論であるシステム・ダイナミックスの創始者フォレスター (Jay W. Forrester)は、かつて「複雑な動態的システムはしばしば 反直感的な(counter-intuitive)動きを示す」 といったが、それはこのことを意味している。 人の直感はその人のバックグラウンド、知識や知見、経験などをベースにしているものであり、 したがってある人の直感は他の人の直感に合致せず、システムの動きはある人の直感には合致するが 他の人の直感には反するということは常に起こりうるのである。
最後に、本アンケートの設問にご協力頂いた専門家の諸先生ならびにご回答頂いた 600名の皆様に感謝申し上げたい。そして回答者の方々および本報告書の読者には、 ご自身で自らの近未来シナリオを描きつつ、これからの2010年代の現実の推移を見つめて いくために、本アンケートの結果が少しでも参考になれば企画者としてこれ以上の喜びはない。
財団法人 統計研究会は、本年10月に創立60周年を迎えることになりました。 その記念事業の一つとして調査研究プロジェクト 「シナリオ2019 ―フューチャー・サプライズ」を進めています。 これは10年余ばかり後の2020年頃を想定して、日本および世界において、 政治、経済、社会、文化、環境などのいろいろな分野で、 それまでにおこるかも知れない、人々を驚かすような大きな出来事を想定し、 その可能性についてどのようにお考えかを アンケート調査で有識者の方々にお尋ねするとともに、 その結果を参照しながらそれぞれの分野の専門家の方々にコメントして頂こう というものです。 その専門家の方々には、アンケートでの質問の設定や回答選択肢(シナリオ)作成 についてもご指導を頂いております。
なお、タイトルに2019年としましたのは、 20世紀において末尾に9のつく年に多くの大きな出来事がおこっている (例えば1929年の世界大不況、49年の中国共産党政府の成立、89年のベルリンの壁崩壊) ことによるもので、2020年頃の想定とお考え頂いて結構です。
アンケートの対象は統計研究会の会員、研究協力者、当会編集の季刊誌『学際』 の購読会員や執筆者、その他プロジェクト・メンバーが選んだ有識者の方々 となっており、貴方様はその中のお一人として、 是非、回答にご協力をお願い申し上げる次第です。
アンケートは大別して2部に分かれており、 第1部 は各問題分野にわたって、専門家の方々のご指導の下に作成された 代替的シナリオについて、 それぞれに付された短いコメントをご参照のうえご回答頂くもの、 第2部 はプロジェクト・メンバーが作成した設問に対して 単純にyesまたはnoでお答え頂くものであります。
ご多用中お手数をおかけして甚だ恐縮ですが、 少しばかりのお時間を頂戴し、回答にご協力を賜りますようお願い申し上げます。
2007/4
財団法人 統計研究会 理事長
「シナリオ2019 ―フューチャー・サプライズ」委員長
宮 川 公 男
| 第1部 サプライズ・アンケート | |||
| No | アンケート項目 | 企画設計をご指導頂いた方がた(敬称略) | |
1 |
人口問題 | 加藤 久和 | 明治大学政治経済学部教授 |
2 |
食糧問題 | 中村 靖彦 | 東京農業大学客員教授 |
3 |
気候変動・温暖化 | 松岡 譲 | 京都大学地球環境学堂教授 |
4 |
世界の水問題 | 高橋 裕 | 東京大学名誉教授 |
5 |
エネルギー | 山地 憲治 | 東京大学工学系研究科教授 |
6 |
貧困問題 | 下村 恭民* | 法政大学人間環境学部教授 |
7 |
通貨・金融 | 小川 英治* | 一橋大学商学研究科教授 |
8 |
財政赤字 | 井堀 利宏* | 東京大学経済学研究科教授 |
9 |
社会保障 | 金子 能宏 | 国立社会保障・人口問題研究所フェロー |
10 |
医療問題 | 池上 直己* | 慶応義塾大学医学部教授 |
11 |
雇用形態と働き方 | 玄田 有史 | 東京大学社会科学研究所教授 |
12 |
学校教育 | 市川 昭午 | 国立大学財務・経営センター名誉教授 |
13 |
青少年問題 | 清永 賢二 | 日本女子大学人間社会学部教授 |
14 |
地価の動向 | 上條 俊昭 | 野村総合研究所元副社長 |
15 |
株価水準の動向 | 上條 俊昭 | 野村総合研究所元副社長 |
16 |
アメリカ | 佐藤 隆三 | ニューヨーク大学名誉教授東京大学客員教授 |
17 |
ヨーロッパ | 土生 修一 | 読売新聞前ヨーロッパ総局長 |
18 |
ロ シ ア | 西村 可明 | 一橋大学副学長 |
19 |
北 朝 鮮 | 小此木政夫 | 慶応義塾大学法学部教授 |
20 |
中 国 | 国分 良成 | 慶応義塾大学東アジア研究所長 |
21 |
イ ン ド | 大場 裕之 | 麗澤大学国際経済学部教授 |
22 |
イスラーム世界 | 池内 恵 | 国際日本文化研究センター准教授 |
| 第2部 “Yes-No”アンケート | 碓井 彊 | 高崎商科大学元学長・統計研究会元調査部長 | |
* 統計研究会常任理事・理事
統計研究会では、創立50周年の1997年にも2025年を想定年次として
類似の趣旨のアンケート調査を行い、
それにもとづいて『2025年の世界と日本』を刊行(東洋経済新報社、1998年)、ご好評を頂きました。
今回も、東洋経済新報社よりの刊行が決定しております。
| タイトル: | シナリオ2019−日本と世界の近未来を読む |
| 編 著: | 宮川公男 |
| 執筆者: | 加藤久和、中村靖彦、松岡 譲、高橋 裕、山地憲治、井堀利宏、 小川英治、上條俊昭、下村恭民、金子能宏、池上直己、玄田有史、 市川昭午、清永賢二、佐藤隆三、土生修一、西村可明、 小此木政夫、国分良成、大場裕之、池内 恵、碓井 彊、宮川公男 (敬称略、目次構成順) |
| 配 本: | 11月22日(木) |
| 出版社: | 東洋経済新報社 |
目次など詳細については出版ページを参照ください。
なお、アンケートにご回答下さった方々には、割引頒布の特典があります。